破傷風菌との戦い(68)
破傷風菌との戦い(67)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
2000年5月4日(木)夜が情緒不安定で毎晩夢で目が覚めます、2時間から3時間置きに目が覚めてしまいます、幻覚だろうか?、四隅の真中に私が寝ています。
三カ所の角は完全にガ-ドされています、四カ所目が私の足を曲げてガ-ドしていますから疲れて足を倒すとそこから敵が来て殺されると思いました。
破傷風菌との戦い(66)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
2000年5月3日(水)から5月7日(日)は大型連休で当社も休みです、家内の病症日記がない、私も記憶がない。
でも後日、聞きますとこの頃は完全に回復方向にあり、比較的に安定していたとのことでした。
破傷風菌との戦い(65)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
粘り濃い痰が増発されますので、スチ-ムを吸い込み背中をたたいて貰うと大量の痰がでるのです、むせて苦しいが安心を得たいから頑張る。
もうすぐに楽になる、もう少しのがまんだ、私は祈られている、家内も頑張ってくれている、姉も必死で看病してくれてる、だから私も負けない。
破傷風菌との戦い(62)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
2000年5月1日(月)誠心誠意看病してくれる家内に対して、心から感謝しているのですが。自分でしゃべれず、身動きできず、目がふさがれている。
それでいて神経は鮮明の状況が長いため非常に苦しみます、自分の身体のもっていき場がない、足がだるいからさすっていてほしい、足を曲げたり、組み変えたり、もんだりしてほしい。
破傷風菌との戦い(61)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
サスペンス劇場のテレビ番組、人が死亡する場面で心電図の波長が直線に変わり音がピ---になって人の死亡をを表現しています、これと同じイメ-ジが私の脳裏をよぎるのです。
今ピ-ピ-の音がピ---に変わった時に私が死亡すると思い込みます、自分がよく解らない、とにかく体が自由に動かない、筋肉弛緩剤が抜けていない、身体の持って行き場がなく苦い。
破傷風菌との戦い(60)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
夜は眠れない、いつも神経が高ぶり寝ないで夜中ず-と起きているように感じる、人工呼吸と自呼吸があわないとピ-ピ-と音を発するように設定がしてあると後日お聞きした。
夜中だと思います、気が付くとピ-ピ-と音が聞こえます、人工呼吸器からでている音のようです、私はその音を聞くと情緒不安定になり非常な不安を感じました。