破傷風菌との戦い(71)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
本日より個室から特別室が空いたので移動しました、部屋の環境が良くなり家内も睡眠しやすいでいいだろう。
2000年5月10日(水)~5月11日(木)車椅子でリハビリ室につれて行って貰い歩行訓練をする、早く職場に復帰したいが今はとても無理である。
足がガクガクする、焦らず頑張ろう、食欲がないが頑張って食べよう、食べる努力をしたい。
破傷風菌との戦い(70)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
私の胸部に衝撃を感じる。しばらくの時間はとても苦しく辛い思いをしました、その後ス-と楽になりました、先生が「喉」の開口部を何かで「蓋」をされた見たいだ。
声を出して見なさい、「あ~~、あ~~」、もっと力入れて大きく頑張って「あ~、あ~」声が出る、私の声が聞こえる、自分の意志の通りしゃべれるガラガラ声だがしゃべれた。
破傷風菌との戦い(69)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
2000年5月8日(月)私は完全に回復方向にあります、今でも身体の置き場がない程に辛い時もありますが感謝です、6:00PM頃に主治医と看護婦が来られて、私の「喉」から人工呼吸器の後部材を撤去された。
ゴボ~ゴボと喉から何か排出している、噎せて非常に苦しい、何なのこれ、先生が手で排出物が喉の開口部から飛び出さないように止めておられるようだ。
破傷風菌との戦い(68)
破傷風菌との戦い(67)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
2000年5月4日(木)夜が情緒不安定で毎晩夢で目が覚めます、2時間から3時間置きに目が覚めてしまいます、幻覚だろうか?、四隅の真中に私が寝ています。
三カ所の角は完全にガ-ドされています、四カ所目が私の足を曲げてガ-ドしていますから疲れて足を倒すとそこから敵が来て殺されると思いました。
破傷風菌との戦い(66)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
2000年5月3日(水)から5月7日(日)は大型連休で当社も休みです、家内の病症日記がない、私も記憶がない。
でも後日、聞きますとこの頃は完全に回復方向にあり、比較的に安定していたとのことでした。
破傷風菌との戦い(65)
第3期症状(生命に最も危険が及ぶ時)を通して生涯2度と学ぶことのできない貴重な体験をします、私の意識のある限りの記録と家内に病床日記を詳細に記録して欲しいと頼んでいました、それを整理し掲載しています。
私の記憶を通して。
粘り濃い痰が増発されますので、スチ-ムを吸い込み背中をたたいて貰うと大量の痰がでるのです、むせて苦しいが安心を得たいから頑張る。
もうすぐに楽になる、もう少しのがまんだ、私は祈られている、家内も頑張ってくれている、姉も必死で看病してくれてる、だから私も負けない。