産業独立の決断(4)

若干23歳の何も人生経験のない私が、どうして聖書の御言葉で人生最大の決意ができたのかでありますが。しょうじきに言って解っていません。
しかし、もし聖書のこの話が本当だとすれば何も悩むことはない。衣・食・住・は心配しなくてもよい「神」がすべて与えてくださる。ならば産業を独立できないことはない。
単純でした、頭の中には難しいことも何もありませんでした。それ以後の私はビジョンがうかべば、恐れなくチャレンジしました。この社長のブログに掲載している通り奇跡的な「神の御加護」をいただきました。
私が現在も、日々恵まれ励まされている、マタイ伝6章25節〜33節を紹介します。
それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。
命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。まくことも刈ることもせず、倉に取りいれることもしない、それだのにあなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりもはるかにすぐれた者ではないか。
あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。
野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、 神はこのように装って下さるのなら、あなたがたにそれ以上よくしてくださらないはずがあろうか、ああ信仰の薄い者たちよ。
だから、なにを食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存知である。
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。
一日の苦労は、その日一日だけで十分である。(完)