2010-02-01から1ヶ月間の記事一覧

新しく造られた者(10)

親父は天下りしないで、一足先に高浜で「若丹設備工業所」を設立して、職人数名とで手間請負をしていました。私が担当している現場にも「若丹設備工業所」が手間請負で施工し始めましたが、それでも私はまだ決断ができずに悩んでいました。 関西電力大飯発電…

新しく造られた者(9)

当時、(I)氏は自民党の議員でした。しかし京都府は蜷川知事で革新府政でした、その頃に親父は自治労委員長をしていたこともあり政治的(保守・自民)には賛同できなかったようでした。 親父は天下りして、その立場に座ることに違和感があったようで最終的…

新しく造られた者(8)

日本イエスキリスト教団・西舞鶴教会の青年会で教会生活をしていました。当時の私には、聖会や研修会などで、献身者として決断する時が何度もあったのですが、「立ち上がれない」、決断できません、お尻に根が張っているように感じました。 教会には牧師を助…

新しく造られた者(7)

日立造船(株)と飯野産業(株)舞鶴造船所が1971年に合併し、日立造船(株)舞鶴工場として新発足して、その後も幾多の変遷を経て現在に至っているのですが、当時の日立造船(株)の初代副社長でもあり、戦後舞鶴引き上げ援護局の事務局長もされた、京都府…

新しく造られた者(6)

教会に行くようになり(20歳を過ぎて)テニス熱が薄れてきました、それ以上に私の人生はこれでよいのかと考えるようになっていました。 (1)東京工科大学土木工学課に行くか(朝刊・夕刊の新聞配りして)。 (2)直接献身して神学校に行くか。 (3)今の…

新しく造られた者(5)

キリスト教会に行きたいと願いつつも、どこに教会があるのか調べることもせずに、半年近くが過ぎ去りました。勤めていた会社の外注業者として(Y)設備工業さんに私の担当現場の施工をお願いしていました、ところが親方さん夫婦が熱心なクリスチャンだった…

新しく造られた者(4)

当時の私はこの賛美歌を聞くたびに、私の心は、和みました。 何のいさおもない私でした、功績・手柄などあるわけもない私に「イエスキリスト」の御許に行けば必ず、心が癒されると信じるようになり、教会に行きたいとの思いが益々強くなってきたのです。 <…

新しく造られた者(3)

「さからい」気分で興味が沸かなかったら、すぐに退席しようと考えていた。有賀喜一牧師が「いさおなきわれを」を賛美された、その時には賛美歌の何も知りませんでした。私はその時に聞いた賛美は今までに聞いた歌で、最高の感動で興奮しました。 会場で無償…

新しく造られた者(2)

市営テニス場でボールが見えなくなるまで練習をして帰路につきました、バスに乗って通常は終点の西舞鶴駅で降りるのですがその日はひとつ手前の「吐月旅館前」で下車しました。 友達と一緒でした、下車したその前に「本田クルセード」の集会案内が見えました…

新しく造られた者(1)

1968年(昭和43年)のことでした、今は亡き親父(市職員)の関係で京都府舞鶴市の小さい設備会社に就職しましたが何をしてもむなしく感じていました。 毎朝8時00分に出社して事務所で好きでもない仕事をし、5時00分を待って大好きな軟式テニスに没頭してボー…

励ましの言葉(2)

励ましの言葉は時にはマイナスになることもあります、私のような自己破産をした人に、末期の病床にある人に、地震災害にあった人に、突然の交通事故にあった人に。励ましの言葉は吟味する必要があると思います。 「人生の実力」著者:柏木哲夫(金城学院大学…

励ましの言葉(1)

励ましの電話に感謝しています、勿論ビジネス関係者からではありません。個人的な付き合いの人達でほとんどが家内にかかってきます。 元気、今どこに住んでいる、御主人と一緒、御主人(健康)は大丈夫、自宅にはいつ頃までおれるのですか。 自己破産した家…

祈祷会

私が所属している、日本イエスキリスト教団舞鶴福音教会(高橋頼男牧師)の祈祷会がありましたので家内と行ってきました。 起業した当初から昨年末まで37年間ものながい期間、祈り、励まして下さいましたので、2010年1月26日に「自己破産」申請したことを…

「坂の上の雲」-あとがき(2)-

日本国民は坂道をのぼりきってその上の雲の中にいる、私達はどちらを選択するのか。 (1)さらに成長路線をとり雲を突き抜ければ、青空にはばたける。竹中平蔵・武者陵司が推進 (2)この辺で成長路線はやめて自分の足元をみつめなおす。榊原英資・水野和…