新しく造られた者(23)
産業独立も規定路線にありながら「決断」できず、神学校で学び献身したいと思うが、それも「決断」できないでいる私に対して詩篇46篇からさらにマタイ伝6章25節34節までの御言葉を読むようにと導かれたのであります。
1973年6月15日の夜には、聖書の御言葉を通して、単細胞の私は、特にマタイ伝を読み終わった私は、なぜか気分的に楽になりました。
要するに「衣食住」に関しては心配するな、空の鳥や野の草花は神に養って貰っている、働きもせず、何もしていないが「餓死」していないではないか、だったら心配する必要はない、退院したら私の決意を(I)氏に語ればよいだけでした。