破傷風菌との戦い(パート29)

「私の記憶を通して」。

2000年5月8日(月)私は完全に回復方向にあります、今でも身体の置き場がない程に辛い時もありますが感謝であります。6:00PM頃に主治医と看護婦が来られて、私の「喉」から人工呼吸器の後部材を「撤去」された。
「ゴボ〜ゴボ」と「喉」から何か排出している、噎せて非常に苦しい。何なのこれ、先生が手で排出物が喉の開口部から飛び出さないように止めておられるようだ、私の胸部に衝撃を感じる。しばらくの時間はとても苦しく辛い思いをしました。その後ス−と楽になりました。先生が「喉」の開口部を何かで「蓋」をされた見たいだ。
声を出して見なさい。「あ〜〜、あ〜〜」、もっと力入れて大きく頑張って「あ〜、あ〜」声が出る、私の声が聞こえる、自分の意志の通りしゃべれるガラガラ声だがしゃべれた。私は感激でした、涙腺が切れたように「歓喜」の涙が止まりませんでした。泣きじゃくる自分に気づきました。